反核平和運動の統一を!

皆様 木村誠です。
1954年3月1日未明、アメリカは中部大西洋マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆「ブラボー」(広島型原爆の千倍以上の威力)の実験を実施しました。58年前の今日の出来事です。
ボクらは昨年第五福竜丸の見学に行きました。
憲法9条を持つ日本の人民は核爆弾被害をヒロシマ→ナガサキ→ビキニと経験しました。
ビキニでの三度目の被爆は占領終了後安保条約改定前の日本に衝撃を与え大きな反核運動がまさに日本の津々浦々から巻き起こりました。しかしながら、その後反核運動は政治的分裂を余儀なくされその後の統一を目指す活動も実を結ばずに今日を迎えてしまいました。
そして、昨年、ボクらは、3.11東日本大震災によりフクシマ核発電所の炉心溶融を引き起こす大事故を経験しました。事故は未だに全く解決の目途が立っていないことは皆さんご存知の通りです。フクシマでは高濃度汚染水が多分海水にダダ漏れ、地下にも漏れてるでしょう、大気中には毎時数千万ベクレルの放射能を撒き散らしているのです
反核平和運動が「核と人類とは共存できない」との認識を持つ必要性があるんじゃないかとボクは考えています。ボクらは「核の平和利用」としての原子力発電=核発電を許容していたのかもしれません。
原水爆禁止運動が統一できずに要ることの重大な自己批判が必要と考えています。そして、今こそ統一した運動を創造しないと日本の民主的変革は少なくともボクらが生存している間には不可能になるような気がします。
日本の存在そのものが問われているのですから・・
本日、皆様から送っていただいた「さよなら原発」一千万署名、204筆を市民の会事務局に送付します。
署名集めありがとうございました。
では、3.11「震災復興・なくせ原発行動in東京」井の頭公園西園での反核集会でお会いしましょう!!

(追記)当日午後1時集合、場所加藤さんの「法政九条の会の旗」の下
連絡はお互い携帯でお願いします。

 

公務員賃下げ三党合意  

法政同窓の皆様へ

野田政権は、いま5大悪政をしゃかりきになって進めています。
米倉経団連一味のリモコンロボット役でしかありません。

勝手に「税と社会保障の一体改革」の名前を付けながら、年金給付額は減額し納付額は値上げしてくる。
消費税の増税と大企業減税、原発の再稼働と輸出、TPPへの参加、普天間基地のたらい回し、増税反対勢力を国会から締め出すため、衆議院議員定数の比例部分の削減を狙う。自己・米倉経団連一味の思いどおりに日本の政治を牛耳るやり方。

これら5大悪政に 反対する声を広げましょう。そして、野田政権打倒の運動が必要です。TPP参加は 言うまでもなく日本の食糧だけでなく 産業も打撃を受けます。今に始まったわけではないけれど、農業漁業などは米倉経団連やトヨタ・ソニーなど輸出型大企業一味の生け贄にされてしまいます。

公務員の給与や定員の削減も財界と野田の同様の論理で、「消費税増税」するための算段の一つで、生け贄でしかありません。野田民主党政権は無駄な予算の削減に取り組んでいますよという、国民向けアピールのポーズでアリバイ作りの一つです。

これと、大阪橋下アンケートの思想調査。アンケートとは名ばかりで、自分に反対・敵対する勢力をあぶりだして葬り去ろうという魂胆です。
民主主義や日本国憲法に敵対する、平然としている彼の態度は、市政や府政を私物化しようとしてる証拠です。この橋下大阪市長の動きに、朝日など商業マスコミ・NHKなどは国民に対してどのように報道しているのか。2月18日付のしんぶん赤旗2面で「問われるマスコミの姿勢」と題して林信誠記者の記事を掲載しています。ご覧なりましたでしょうか。

これまで商業マスコミの原発反対集会の報道ではおざなりな姿勢は言うまでもありませんが、朝日の鮫島政治部次長なる人物は、2月9日に大阪まで出向き取材したなどと言いながら、「橋下アンケート」などには全く問題意識がなくて、橋下市長を「いまや日本政界の主役である」と励賛・持ち上げています。朝日の鮫島なる人物は最低の政治記者のうちの一人と思います。これで朝日の次長だって。残念ながら、消費税の増税とTPP参加を至上命題にして推進役を買って出ている朝日にしてこの人ありですね。

商業マスコミやメディアに言いたい。中身はともかく、坂本龍馬の「船中八策」を勝手に当てはめて、橋下大阪市長の「八策」なる言葉を当てはめてまねるなです。使うならば本人が好きな一部大阪府庁のある咲洲にちなんで「咲州八策」 または、「橋下八策」でしょう。彼が別に船の中で作ったったものではないのでしょうからね

茂呂庄五郎

詩を一編掲載しました。 「巡り会ったのは」 ごらんください。

文芸の広場 担当です。
みなさんの作品をお待ちしています。

詩を一編 掲載しました。
「巡り会ったのは」
ごらんください。

雪降るや 俳句短歌の作り時-ふみひと

 

巡り会ったのは          洲 史(しま ふみひと)

訪れたのは   土佐高知
坂本竜馬 植木枝盛 幸徳秋水
槇村浩 山原健二郎
自由民権と 革命的伝統が息づく

巡り会ったのは
窪川の原発計画を 漁師・町民一体となって阻止した と
誇らしげに語る 久礼・大正市場の魚屋の亭主
順平という名のお酒の試飲を何杯も何杯も
にこやかに勧める西岡酒造の女将

訪れたのは
松田さんが暮らしたかんちくの郷
南国市のコーポラス

巡り会ったのは
1970年頃の私たち
淡い恋心
青い決心 情熱
暴力に昂然と頭を上げて闘ったというささやかな誇り
暴力を阻止できなかったという悔いをいくらかは解きほぐす語らい

巡り会ったのは
法政時代を胸に精一杯闘い 生きた40年
仲間たちとの果てしない議論 ばか騒ぎ
松田さんのチャーミングな笑顔

★以下 中島氏版 ★

巡り会ったのは
女神たち
一冊の詩集と一つの詩の朗読
洲史詩集「学校の事務室にはアリスがいる」
「オレは帰ってきたのだ
帰るところはない・・・」

巡り会ったのは
一冊の短歌集
蒲原徳子歌集「原子野」
「次々と消えゆく命見つつ尚あきらめられず姉を探しぬ」
「父の背に母よ母よと乳飲み子は泣きのけぞりぬ原子野のなか」

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マスコミのあり方に一石

松野です。マスコミのあり方に一石。
 一般新聞の堕落ぶりは、ひどいものです。私は昔は朝日新聞を、その後毎日新聞を購読していましたが、2年前から東京新聞です。三大新聞で取り上げられる記事内容はほとんど同じで、東京新聞だけは見ごたえがあり、「グット」です。特に原発記事は、三大紙は原発容認あるいは維持派なので、反原発、脱原発の記事を取り上げようとしません。東京新聞は脱原発の方針なので、双方の記事を精力的に取材・掲載しています。TBSテレビ朝の「みのもんた」のニュースは、東京新聞のトップ記事はときどき取り上げています。赤旗新聞の記事は取り上げられませんので、その代替記事としての東京新聞の役割は、大変大きなものがあります。
 親しい革新派の人たちに三大紙をやめて東京新聞に変えるよう声を掛けますが、なかなか替えてくれません。三大紙をやめようとすると執拗な勧誘に負けているようです。
私に言わせると「自らお金を支払って、洗脳を受けているようなもの」「紙面を吟味せずに知らず知らずに買収されているよう」なものです。われら革新派のマスコミに対する緊迫感が足りないのだと思います。東京新聞の部数を伸ばして、三大紙に一泡ふかせたいと思いますが、いかがでしょうか。
 かつて、沖縄の新聞を1年間郵送で送ってもらい購読したことがあります。あまりにも(東京に住むわれわれにしてみると)革新的な記事のオンパレードで、驚きました。この新聞を全都民が購読するとすぐにでも革新都政が実現するんじゃないかと思うほどでした。
 いくら正しいことを言って行動しても、報道されなければ、国民に情報が届きません。 

公開討論会「脱原発もう一歩前へ」JCJ3月集会

九条の会東京連絡会からの情報です。

公開討論会「脱原発もう一歩前へ」JCJ3月集会
第1部「原発事故から何を学び、どう行動するか?」10:10~12:10
パネリスト 吉原毅(城南信用金庫理事長) 秋山豊寛(宇宙飛行士)
第2部「フクシマのいま、これから」 13:00~14:50
パネリスト 伊東達也(福島原発告発住民運動)後藤政志(原子炉設計技術
者)井田徹治(共同通信)
第3部「ジャーナリズムの責任と課題」15:00~16:50
パネリスト 七澤潔(NHK)依光隆明(朝日新聞)
主催:JCJ(日本ジャーナリスト会議)
場所:文京区民センター3A会議室 (都営地下鉄:春日、メトロ:後楽園下車)
日時:3月17日(土)9時半開場、10時開会
資料代:1000円

「九条の会東京連絡会」には協賛金を払っていることから、各地の九条の会の情報が
来ます。
夜の行事には体調に不安があるため、参加を遠慮していますが、
昼間なら可能な限り参加し、勉強したいと思っています。
お出でください。

安 藤  三 四 郎

岩手・大船渡市、陸前高田市へのボランティア報告(2011.12.23~25)

◆岩手・大船渡市、陸前高田市へのボランティア(2011.12.23~25)報告

今回も法政大学OBの九条の会の皆さまから援助金をいただき、岩手県へボランティアに行ってきました。今回は男女4人。車で往復し、大船渡市の被災を免れた民宿と一関市内のビジネスホテルに各1泊しました。以下に私の報告を記します。少し長くなっていますが、時間がある時にお読みいただければ幸いです。(1970年Ⅱ社入学・山田幹夫)

【お餅と干し柿、花壇にツルハシ、そして白い鳥】

春(5月)、夏(8月)に続いて3度目の岩手行き。被災地の状況と人々の変化が、行くたびに印象的に脳裏に焼きつく。1回目は日本ジャーナリスト会議の機関紙「ジャーナリスト」に写真付きのレポート、様々な支援物資を寄せてくれた地元マンションの皆さんへの報告文など、数本をすぐに書けたものの、2回目、3回目となるにつれ、報告をまとめる筆運びが確実に遅くなってきた。体験をしたこともない凄まじい状況を見て感じたことを誰に何を伝えるのか自問自答と自己葛藤が続く。多少のPTSDもあるのか、自身のこれまでの報道関係の仕事のあり方、これからの行き方など、頭の中をぐるぐる回っている感覚が抜けていかず、じれったい(ということで、報告が遅くなりました。言い訳ですが…)。 続きを読む 岩手・大船渡市、陸前高田市へのボランティア報告(2011.12.23~25)