2015.11.14
五十嵐仁さん講演と質疑討論
(はじめに)
戦争法に対して国民の懸念が広がり運動が高まっている。安倍首相は「民主主義の目覚まし時計」だ。図らずも、民主主義を自覚させ覚醒させた。
「民主主義ってなんだ?」「これだ!」というコールが鳴り響いた。自分たちが「民主主義を守る」という決意が固まり、「政治を変えたい」という願望も強まった。若者の中にも変革主体が形成されてきている。
私は10年前に「大左翼の形成」を唱えた。これは左翼周辺のリベラルを含む幅広い共同を念頭に置いたものだったが、今日では国民連合政府を目指す運動へと発展してきている。
法政の大学院で中林ゼミに入った。統一戦線論をテーマに研究生活を始めたが、こういう時代が来るとは思っていなかった。統一戦線は研究の対象から実践の課題へと変わったわけだが、中林賢二郎先生が生きておられたら喜んだことだろう。
Ⅰ 戦争法成立の背景
1 戦争法の整備はなぜ必要だったのか
9月19日に戦争法(安保法制)が成立した。15日から18日まで国会正門前にかけつけた。天気が悪かったが、「雨にも負けずアベにも負けず」をモットーにがんばった。
アメリカの若者はベトナム戦争で9万人も死んでいる。大きな犠牲を払ってアメリカは何を得たのか。イラクやアフガンでも7000人が戦死している。イラクへの介入がIS(イスラム国)を育ててしまった。
自国の若者や武力介入した国々の民を犠牲にして、アメリカは一体何を得たのか?感謝されているのか?かえって、イスラム社会で憎まれ狙われているだけではないか。かわいそうな国だ。国民も戦争に疲れ、戦争を続けられなくなってきている。
だから、同盟国への肩代わりを進めようというわけだ。アメリカの代わりに日本を戦争に引き込もうとするねらいがある。その要請に応えようとしたのが、今回の戦争法整備だ。
安倍首相の側にも野望がある。国際社会で大きな力を持つ「列強」の一員になりたいという衝動だ。政治的軍事的にも影響力を強め、国連などでも大きな顔をしたいというわけだ。
2 戦争法の成立はなぜ可能だったのか
与党は衆参両院で過半数を持っている。それなのに、戦後最長の95日間も国会を延長し、戦争法の成立に手間取った。「一強多弱」だから、もともと法案を成立させるだけの力があった。それでも最終盤までかかったのは、激しい反対運動に追い詰められたからだ。
「一強多弱」の背景には国民意識の変化がある。貧困化と格差の拡大によって中間層が減った。閉塞感が高まる中で「変革志向」と「ヘイト思考」に分化し、右傾化も進んだ。
内閣支持率の高さももう一つの背景だ。それは一定の受益者がいるからだ。安倍内閣は「株価連動内閣」と呼ばれている。円安と株高に支えられた支持率ということになる。民主党政権の負の記憶とマスコミ報道の影響も大きい。
国会の「一強多弱」を生み出した原因としては、小選挙区制のカラクリが決定的だ。2014年12月総選挙での自民党の絶対得票率は有権者の4分の1弱(24.5%)にすぎない。残りの4分の1は野党に投票したが、バラバラだったために自民党が「漁夫の利」を得た。
自民党内も「一強多弱」だが、これも小選挙区制のせいだ。公認してもらわなければ当選できない。反対すれば「刺客」が送り込まれる。だから、みんな口をつぐんでいる。もう政権を失うのはこりごりだと考え、不満があっても安倍首相に従っている。
安倍首相も最初は「戦後レジームからの脱却」などと言って「対米自立」を模索したが、オバマ米大統領ににらまれて転換した。今では「協調路線」を越えて「従属路線」になった。4月の米議会での「オベンチャラ演説」は聞くに堪えないものだった。
昨日パリで100人以上が亡くなるテロが起き、戒厳令が敷かれている。戦争法の成立によって、「アメリカの仲間」として狙われる危険性が高まった。パリでのテロは東京でもありうる。今年初めの後藤さんら2人の殺害時、ISは「アベよ、お前の悪夢を始めよう」と宣告した。自衛隊員だけでなく、日本人や日本社会のリスクが高まっている。
Ⅱ 戦争法案との戦いで何が明らかになったのか
1 実証された「反響の法則」
この間の運動で何が明らかになったのか。一種の「作用・反作用」の法則が働いた。「反響の法則」も実証されたのではないか。太鼓を弱く叩けば小さな音しかしないが、強く打てば大きな音がする。戦争法成立を目指して、安倍首相が太鼓を力いっぱい叩いたために、これまでにない大きな音が出た。これが「反響の法則」だ。
市民運動が政党と連携し、国会内外のタッグも組まれた。元最高裁長官や判事、元内閣法制局長官なども発言し、危惧や反対を表明した。日弁連や憲法学者も運動に加わるなど、これまでにない広がりを見せた。
多くの市民が自分の意思で自発的に運動に参加したのも特徴的だった。労働組合の動員などではない。手弁当で交通費を負担しての参加だ。創価学会員、ママの会、SEALDsなどの学生、高校生、タレント、地方議員なども立ち上がった。
大学でも新たな有志組織が次々に結成された。法政大学でも戦争法案に反対する教職員の有志の会が結成された。労組などは表に出なかったが、裏方に回って正門前の集会を支えた。その力がなければ、あのような大規模な集会を連日開くことはできなかっただろう。
『産経新聞』の調査では、デモ参加者は3.4%だという。産経は「たったこれだけだ」と言いたかったのだろうが、20歳以上でいえば356万人になる。「今後参加したい」という人も18.3%だという。2割近いわけで、大変な数だ。
2 デモの復権と大衆運動の「新しい質」
このような運動の盛り上がりの背景には、集会とデモの復権があった。3.11の原発事故後の原発ゼロ・再稼働反対の運動から集会やデモが活発になってきた。それは特定秘密保護法反対運動に引き継がれた。そして、今回の戦争法案反対運動だ。ホップ・ステップ・ジャンプという形で、大きく飛躍した。
国際的な伝播という背景もある。アメリカでの「オキュパイ運動」、北アフリカや中東での「アラブの春」、香港での「雨傘革命」、そして台湾での「ひまわり運動」など、各地で民衆運動が盛り上がり、集会やデモが取り組まれた。それが、日本にも波及してきた。
しかし、これらの集会やデモは過去の再生ではない。そこには「新しい質」とも言える特徴があった。フラットな集会形式で非暴力を掲げ、ラップ調のコールでリズミカルに唱和するやり方は、これまでにないものだった。
有名人だけでなく、無名の若者や学生も発言した。それは「わたし」を主語に自らの思いを語り、聞く人々の心を打つ内容だった。この点でも、「新しい質」が示されていた。
運動を中心的に担ったのは「総がかり行動実行委員会」だ。これは1000人委員会、壊すな!実行委員会、憲法共同センターという3つの潮流が合流したものだ。市民運動(壊すな!実行委員会)を仲立ちとした連合系(1000人委員会)と全労連系(憲法共同センター)の連携が、このような形で実現していた。このことは強調しておきたい。
高齢者と若者、組織と個人、地方・地域と国会周辺のコラボも実現した。中野晃一さんはこれを「敷布団」と「掛け布団」の関係だと言っている。長い間、敷布団だけだったが、これに若者やママさんの掛け布団が新しくかかったというわけだ。以前から運動を続けてきた敷布団の役割も大きかったということだろう。
若者やママさんが運動に加わってきた背景には、深まる貧困化と将来への不安があるように思われる。政治への不信と現状打破への意欲も大きかった。以前は「世のため人のため」だったかもしれないが、今は「世のため自分のため」だ。政治に働きかけて現状を変えなければ、貧困から抜け出すことも将来への展望を切り開くこともできないという厳しい状況に置かれているからだ。
このような運動を支えた「技術的要因」にも注目しておきたい。(インター)ネットによるネット(ワーク)の形成という点だ。政治社会運動の武器としてのSNSの威力が示された。Eメールやツイッター、フェイスブック、動画配信などがこれほど活用されたことはなかった。これは大衆運動の「新しい質」を生み出した技術的要因だったと言える。
Ⅲ 戦争法廃止をめざす連合政府の樹立に向けて
1 戦争法案反対から安倍政権打倒への発展・転化
これからも運動を継続することが大事だ。毎月「19日」は国会正門前に「いくひ」と覚えてほしい。裁判闘争なども準備されているようだが、選挙で安倍内閣を倒さなければならない。来年の参院選が焦点。それ以前でも、地方の議員選挙や首長選挙で国民連合政府を支持する候補者を勝たせ打撃を与え続けることが重要だ。
2000万人署名運動も提起された。11月8日付の新聞に総がかり行動実行委員会の全面広告が出ている。5月3日が期限だが、これだけの大量の署名を集めるのは容易ではない。一種のイヴェントとして取り組み、絶対に成功させなければならない。
参院の与野党差は28議席ある。これを逆転するためには15議席ひっくり返さなければならない。今回改選を迎える2010年参院選では、選挙直前に菅首相が自民党の消費税10%増税を受け入れるかのような発言を行ったために民主党が大敗し、自民党が圧勝した。このとき以上に自民党が議席を増やすのは簡単ではない。
逆に、野党が有利な条件もある。定数が削減されて自民党の2議席は減った。初めての18歳選挙権が導入され、「民主主義の目覚まし時計」で起き上がった若者が投票所に向かうだろう。選挙の争点は安保、TPP、消費再増税、原発再稼働、沖縄の辺野古新基地建設などの難問ばかりだ。
民主党は気づいていないかもしれないが、政権を交代させた2009年衆院選で共産党は陰ながらアシストしていた。148の小選挙区で候補者を立てなかったからだ。自民党と民主党の候補者しかいなければ、共産党支持者は後者に投票しただろう。陰ながらの協力でもそれなりの効果があった。
しかし、はっきりとした協力ではなかったために民主党の裏切りを許した。これが弱点であり限界だった。今回はきちんとした協力体制を組んで、このような弱点を生まないようにしなければならない。
2 今後の対決の焦点と条件
共産党が提唱している戦争法廃止の国民連合政府の実現が今後の対決の焦点となる。提案では入閣を条件とせず、戦争法廃止という一点での共闘を呼びかけている。この提案の実現が、これからの運動の課題となる。
そのためには、民主党と共産党との連携・協力という「民共合作」が必要だ。民主党はセメントであり共産党が鉄骨となって鉄筋コンクリート製の壁を作る。両方が必要だ。セメントだけではもろい。鉄筋だけでは壁にならない。
それを妨害する動きもある。民主党内でも、細野、前原、長島、松原は日本会議のメンバーで安倍首相の仲間だ。この勢力を孤立させ、「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けなければならない。共産党は変わった。今度は民主党が変わる番ではないか。
「民共合作」は中国の「国共合作」を参考にしている。国民党と共産党との連携協力で、辛亥革命(第1次国共合作)や抗日戦争の勝利(第2次国共合作)を導いた。フランス社会党の71年エビネ大会では再建社会党が社共共同政府綱領を決定し、ミッテランを第1書記に選んだ。これが10年後の1981年に、ミッテラン大統領の誕生につながった。
日本でも薩長同盟がなければ明治維新はできなかった。犬猿の仲で互いに殺しあっていた両藩を坂本龍馬が仲立ちして説得し、手を結ばせた。「現代の薩長同盟」は共同の実現であり、「現代の坂本龍馬」は市民の運動と世論だ。皆さんが、「現代の龍馬」となって共闘を実現させてほしい。
それは簡単ではないだろう。しかし、実現不可能だと思われるような難しい課題を達成してこそ、歴史を動かすことができる。今が、その時ではないのか。
むすび
新しい「市民革命」が始まっている。いや、始めなければならない。政治について知り、学び、発言し、行動する新しい「市民」が誕生し、増えていくことによって「革命」は達成される。戦争法案反対運動のなかで、その端緒は生まれている。
できるところで、できることをやればよい。無理をすることも、特別なことをやる必要もない。気軽に軽やかに、ふらりと立ち寄って参加するような運動を日常化することだ。様々な運動経験を持っている皆さんにとって難しいことではないだろう。
キナ臭い世の中に変わろうとしている日本をこのままにして「お迎え」を待つようでは困る。将来の世代を不幸にするような政治の動きをストップするのは、今を生きている現役世代の責任だ。
高齢者の知恵と経験を生かし、現役世代を励まし、若者と女性のエネルギーを引き出すことが大切。少なくとも、来年の参院選までは元気でいて安倍首相をギャフンと言わせてもらいたい。「安倍が倒れる前には倒れない」ことを目標に、お互い元気で長生きしたいものだ。
討論
★ 黄木
国民連合政府は成立すると考えていますか。
☆ 五十嵐
五分五分だというしかない。しかし、どうなるかではなく、どうするかが問題。主体的に受け止めるべきだ。可能性が半々でも、我々は進撃するしかない。ダメなら新しい方向を探せばよい。これまでもあきらめないでやってきたから、国民連合政府という新たな目標が生まれたのだ。
★ 大畑
シールズが「野党がんばれ」とコールしていた。志位さんはそのコールを聞きながら国民連合政府を考えたという。
★ 藤平
都知事選では市民の共闘組織があったが、現在市民団体の動きはどうなっているか。
☆ 五十嵐
市民団体の中心は高田健さんの「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」だ。小林節さんもいっているが、政党に任せるというのではだめだ。市民が立ち上がって「現代の坂本龍馬」とならなければうまくいかない。選挙が近づいてくれば具体的な動きが出てくる。民主党の枝野さんの呼びかけで、5党と5団体が国会内で協議した。このような形で政党にプレッシャーをかけていくことだ。観客になってはだめだ。
★ 面川
坂本龍馬みたいなひとはいないのか。
☆ 五十嵐
個人では高田健さんかな。連合と全労連をくっつける役割を果たした。シールズもそのような役割を担える。奥田君の方が龍馬かもしれない。しかし、「現代の坂本龍馬」は個人ではない。皆さんであり、市民がそうならなければならない。
★ 蒲原
国民選挙連合を先に作るべきではなかったのか。いきなり政府では生臭い。
☆ 五十嵐
戦争法廃止を確実にするには昨年の「7.1閣議決定」を撤廃させる政府が必要だ。政府を作るには衆院選で勝たなければならない。参院選は「お試し」ということになるかもしれない。その意味では「選挙連合」が先でも良いだろう。ダブルという声もあるが、ある種の「脅し」で、衆院選は参院選の後ではないか。
★ 川田
2000万人署名に疑問を持っている。有権者の過半数など目標値をはっきりさせるべきだ。そもそも本当に達成できると思って提起したのだろうか。
☆ 五十嵐
5月3日までに達成するのは大変だ。しかし、すでに提起したものなのでやめようとは言えない。これもできるかどうかではなく、どう達成するかという角度から主体的に受け止める必要がある。運動を持続させるためには、誰でも参加できる署名はいい取り組みだと思う。
★ 田畑
国民連合政府のイメージを明確に出すべきだ。
☆ 五十嵐
9月19日の戦争法が成立した直後に、共産党は間髪入れず発表した。うまいなと思った。どちらに転んでも共産党にはマイナスにならない。自民党は組織力のある公明党に支えられている。これに対抗する形で、民主党は組織力のある共産党に支えてもらうという構図だ。閣内か閣外か分からないが、共産党が協力して実際にはほぼ民主党政権が成立することになるだろう。私は閣外協力の方がいいと思う。
★ 林
都内では主婦が盛り上がっているようだが、地方では見えない。2000万できるのかしらという声が出ているが、後押しするのは私たちだとお願いし署名用紙300枚持ち帰る。
☆ 五十嵐
デモや集会もいいが、出られない人もいる。署名は誰でも取り組める有効な手段だ。一人一人を説得する。マスコミはおかしくなっている。それに対抗できるのは口コミの威力だ。
★ 山口
毎月19日の集会、地元での宣伝集会デモ、2000万達成、野党各党が賛同せざるを得ない状況=選挙協力を求める会結成が必要だ。そのためには行動する人が元気になる壮大な運動体が必要だ。
☆ 五十嵐
その通り。まず、四の五の言わずに自分の足元で典型を切り開けと言いたい。行動するなかからしか、新たな展望は開けてこないのだから。