「2活動報告」カテゴリーアーカイブ

沖縄知事選 現地報告

翁長氏と写真   2014年11月15日夜送信

「未来の自分から今の自分を誇れるような選択を」というアピールに大拍手と歓声

密集、鈴なりとはこういうことを言うのだろう。那覇市中心部の県庁前の広場と向かい側の広い空間はアッという間に人、人で埋まった。主催者発表で7,500人。午後6時30分からのオナガ陣営の集結集会は「打ち上げ」とは言わないと強調されていたが、明日の投票箱の蓋が閉まるまでがんばることを弁士が強調する。
右翼と思われる乗用車が軍歌や攻撃するセリフを流しながら、オナガ宣伝カーと群集の間の道路を何度も通過する。沖縄の人たちは、そんな車には手を出さず演説は続く。警察は規制しない。宣伝カー周辺には制服警官の姿はない。
統一候補を支える各政党代表や候補者10人以上の「2分スピーチ」も力が入り説得力があるが、左官業という青年と20代とおぼしき女性のアピールは、特に会場に響いた。

「未来の自分から今の自分を誇れるよう選択して下さい。基地をいったん作られたら後戻りできません。新基地はいらない。日本政府とアメリカ政府が口約束だけで危険な基地をなくさず、新基地をつくることに、沖縄はもう一度県民の意志を示さなければならないのです」「誰に投票したらいいか悩んでいる県民の皆さん、気持ちはわかります」「明日は投票して下さい」と、凛とした叫び。そして会場の共感の熱気。
(それを文字で伝えきれないもどかしさが、本当に悔しい。久しぶりに、暗闇の中でメモする指が震えるのを感じた。)

オナガ氏は、沖縄の心と世界的視野で政治家の責任を問いかけた

オナガ氏の選挙戦最後の演説は、短いながら大きなスケールの内容だ。「今回の選挙は、沖縄の自然、歴史を引き継ぎ、私たちの誇りをもって基地は要らないという大きな志を、アジアの中で発揮できるよう実現させるのが、現在の政治家の責任だ」「21世紀のこれからの子どもたちのために一生懸命がんばらなくてはならない。一緒にがんばりましょう」。
「ウチナンチュウの心」という言葉も出た。聴衆も拍手で応えた。居並ぶテレビカメラの列に向かって意識して問いかけたかはわからないが、彼の言葉と志を“政治家”を自負するすべての者たち、そして“本土(やまと)”の者たちはどう聞いたのか?
(特に取材・報道者は自問しなくてはならないと痛感した。ジャーナリストたる者、たろうとする者の矜持が、ここでも問われているのでは。夜のマスコミ各社のテレビ報道は何を伝えたのか、朝刊は何を書くのか、皆さんに情報を寄せていただきたくお願いしたい。)

基地建設容認に転じた現知事への評価を、タクシー運転手さんから聞く

夜の目がさめるような事象に比べたら、朝から夕方までの選挙支援活動の報告は大した問題ではないが、記録として必要なので記したい。
行動3日目も朝9時から打ち合わせをして地域を分担して法定ビラの「お届け」。ハンドマイクでのアピールも併用した。本日は3人プラス他団体からの1人の4人で数百軒を訪ねたが、集合住宅が多く、階段の登り降りで大変ではあった。傾向としては、一戸建ては反応が良く、民間アパートは留守か関心を示さない人が多かった。
移動に使うタクシーの運転手さんには必ず「選挙情勢は?」と聞いたが、現知事が基地建設へ態度変更したことを「約束破り、裏切りと感じている県民が多い」こと、高齢でありテレビで見る発言姿のおぼつかなさへの懸念があることを共通して語った。沖縄では「約束破り」すれば信頼失墜というモラルがかなり高いということを、彼らの話から理解した。
夜の集結集会へ向けて、市内数か所から「のぼり旗」を林立させながらそれぞれ数百人規模で県庁前まで歩道を移動したが、我々が出発した沖縄セルラースタジアムでは、「入ってもいいですか?」と、小学校前の子ども2人を連れた男性がいた。政策ビラ配布中にも、「私のような1人でも参加できる集合場所を教えて欲しい」と男性に声をかけられたが、県民の意識状況を示す事例ではないかと感じた。

【報告を終えるにあたって】短期間の中でもつかむことができた内容のうち、この報告では裏づけや精査の余裕がなかったため、記載できなかったことが多くある。多少大げさに言うと、価値観や人生観の変更を迫られる内容もあった。頭の中で整理できていないし、いつ整理できるかわからないこともある。でも、ひと言で言うと、現場主義が大切であり、百聞は一見にしかずという先達の言葉の正しさを確認させられた3日間でもあった。明日の日曜日、4日目はどうしようか? パソコンを閉じる前に、まだ悩んでいる。(山田幹夫)

“やくざ”が「東電は許せない」と飛び入り演説!  津田沼革新懇の反改憲・反原発・ブラックなくせ駅頭宣伝に大反響!

5月30日、全国税OBで作る津田沼革新懇が各方面に呼びかけて、津田沼駅北口(千葉県・総武線)での第二回宣伝行動を実施しました。黄色のスカーフを巻き、様々なポスターでにぎやかに飾り、紙芝居が登場したり、ワクワクする演説が続き楽しい宣伝となりました。
参加団体は脱原発船橋(仮)、共産党県議、船橋革新懇、津田沼9条の会、新婦人そして法政Ⅱ部九条の会で計25名が参加しました。
駅頭では「九条って?」と知らない若者に説明する一方、「九条の会に入りたい」と女性が加入するなど対話が弾みました。4月から二回目の駅頭宣伝ですが高校生が「ノーベル平和賞」を持ち帰るなど効果抜群の宣伝行動です。
そんな中、ヤクザっぽい男性が司会者に近づき参加者が「すわ!右翼か?」と心配する中、おじさんは「原発で東電に文句がある」「俺にもしゃべらせろ」と飛び入り演説となりました。「おめぇさん方よ」と語りだすと道行く人々が俄然立ち止り注目が集まりました(この日一番かも)。おじさんは「東電役員の責任逃れは許せない!」と原発事故を招いた東電への怒りを爆発!「そうだ」という声も飛び交い、一気に盛り上がりました。
お疲れ様会で行ったスナックではお店のおねえさんに駅頭で配布した「許すなブラック企業」のビラを見せると、「私は昼も会社で働き、夜はこうしてバイトしているのだけど、うちの会社も給料の遅延はあるは、残業代も出ない時もあるからブラックになるね」と1時間にわたり対話となりました。
今、安倍政権が閣議決定にひた走っています。阻止する力は反対の声を形にすることです。
津田沼革新懇の次回宣伝に駆けつけましょう(6月27日午後5時から6時まで津田沼駅北口)法政大学Ⅱ部九条の会は一緒に参加するとともに下記の集会デモに参加します。
閣議決定で「戦争する国」にするな!「6.17大集会
午後5時30分 日比谷野音 6時30分 銀座コースデモ
5時30分に「カモメの広場」及び「野音会場内」に法政の旗を立ててお待ちします。

東京都知事選で安倍内閣暴走にストップをかけよう!

 

2月9日投票の東京都知事選は安倍内閣の原発推進、解釈改憲などの暴走を食い止める千載一遇のチャンスです。世話人会は1月17日の会合で宇都宮健児さんを当選させるために、①街頭宣伝など選挙応援情報の拡散、②宇都宮さんチラシの配布を決定しました。

同日の会合では、宇都宮健児さんの弁護士仲間である澤藤統一郎氏が自身のブログで前回選挙の選対を批判し、彼に立候補を取りやめるよう連日発表している一方で、澤藤氏の提言に北足立9条の会呼び掛け人でもある中山武敏弁護士らは「私憤に立脚する恣意的な主張」との反論を発表したこと、「週刊新潮」が「日弁連元会長の都知事選立候補に冷水を浴びせた友人」と記事を掲載するに至ってこの問題はネット上からマスコミにまで広がっていることが紹介されました。

また、安倍の暴走をストップさせるために細川護煕氏との一本化の動きがあることも話題となりました。
世話人会では、前記ブログに関する真実はわからず、わだかまりは払拭しきれないという意見がありましたが、選挙勝利へ次の点で一致しました。
(1)民主勢力内の民主主義や情報公開を進めていくべきであり、統一戦線の形成についても議論していくことを前提に、
(2)脱原発や改憲反対を明確にしている宇都宮健児さんの当選をめざしていく。
都民が都知事を選ぶ判断材料提供のための東京青年会議所の公開討論会、日本記者クラブ主催の候補者共同記者会見に出ようとせず、いずれも中止させるに至った自民推薦や元首相と組んだ者たち。政策論戦をしない人物や、政策のほとんどを告示日(1月22日)の前日まで発表しようとしない人物、民主体制と都民を軽視する候補者を、当選させるわけにはいかないのでは。(記・山田)

 

感動的でした! 講演会「現代に生きるケストナー」 

2013年12月21日、エデュカス東京

講師:井筒 満さん(73年日文)

 

 2時間にわたる迫力に満ちた講演に聴衆は時に涙しながら時間を忘れて聴き入りました。井筒さんご自身も二次会で「とても話しやすい講演会だった」と語っておられました。

 講演は「年譜・ケストナーの生活と文学」(文学教育研究者集団)を基に1899年に生まれたエーリッヒ・ケストナーの生い立ちを独帝国敗北、ワイマール憲法成立の時代背景と共に語ることから始まりました。

ケストナーの生きざまを、ナチスの時代背景の中で
子ども時代のケストナー一家が彼の成長を支援してきたこと、青年期にジャーナリストの仲間入りし、児童文学の世界にデビューしたものの、ナチスドイツの台頭により亡命を勧められたが、ドイツに残る決心をして世界に児童文学を発表してきたケストナーが、ナチスの「皆殺し名簿」に掲載され支援者に救われるなど生と死の狭間で生き抜いてきたことを、時代背景と共に語られました。

井筒さんは、1958年にケストナーが語った講演から「1933年から1945年までの出来事は、遅くとも1928年に防止されなければならなかった。自由のための戦いが反逆罪と呼ばれるようになるまで、待ってはなりません。なだれはすべてを埋めてしまった時、はじめて静止します」を引用し、私たちに警鐘を鳴らしてくれました。

ナチス支配下で子どもたちは孤独の中に閉じこもり、力こそ勝利の道と思いこむ青年たちが闊歩していました。

井筒さんは次に「飛ぶ教室」をはじめて聴く人にも分かりやすく説明してくれました。「立って話すと興奮するから座って話します」といいながら学生時代を思い出すような熱弁となっていきました。

「座して許すな」という言葉が印象的

1933年、ヒットラーが首相になった年に書かれた「飛ぶ教室」の前書きでケストナーは学期末となっても帰る家がなく寄宿舎に残らざるを得ない少年に「かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ!」と語ります。

井筒さんは奥さんからあなたも学びなさいと言われたと参加者の笑いを誘いながら物語の核心に導き、講演後の質疑では「動物会議」のあらすじを聞かせてほしいという要望に応えてくれました。二つの本はみなさまから子供たちや孫に読んで聞かせていただきたいと思います。

井筒さんが「権威主義に陥ることはファシズムを許容するメンタリティーとなる、取り戻すには笑いの精神が必要だ」と、現代日本の時代状況を「座して許すな」と講演されたのが印象に残りました。(記・山口)

参加者:33名(講師含む)。忘年会:20名(忘年会のみの参加者3名)

 

 

感想文から

時代背景の中で勇気ある作品に感銘 ★素晴らしく感動的なお話しをありがとうございました。子どもはとても世の中に敏感です。今、障害を持った子供たちの支援をしています。小学生の孫ともいろいろ話をしています。このような素敵な教師・生徒の関わりができることは大切ですし、この時代背景の中で勇気ある作品を作り上げたお話しはとても胸にしみました。

ヒトラーの時代と今の日本が重なった ★ 「飛ぶ教室」も「動物会議」もすでに読んでいる本でしたが、井筒さんの「飛ぶ教室」のお話しにおもわず涙が出てしまいました。ヒットラー下のドイツと現在の日本が重なってきますね。やっぱり一人ひとりのメンタリティーがどうであるかが大事ですよね。九条の会で良い企画をこれからもお願いします。

★ 良かった!会は今後も政治改革に向けて奮闘願います。

★ 丁寧な背景説明が非常に良かった。作品論と作家論にもう少し時間が取れれば…。会のみなさん頑張って下さい。

★ 久しぶりの文学講演、良かったです。今、ドイツ語を勉強しているので良かった。会では法律学者にも講演してもらいたい。御用法学者が秘密法に参画しているので、その批判を含めて民主的な学者に!例えば立命館の松宮教授など。

 

現代にケストナーの精神を生かしたい 

★「楽しくても苦労を忘れずに」、アイスラーの「子どもの歌」の出だし。ケストナー達の精神が生きているなー。飛ぶ教室に憧れて大人になりました。でも、そんな大人になれたか…。そんな大人になるよう、これからでも賢く勇気もある大人になりたい。会で池田さんを是非!今日の講演を受けてもっと深まると思います。

★ 子どもたちに伝えたい。子どもへの信頼の思いがケストナーの作品から感じることができました。長年、子どもたちへ本をという読書運動を続けながら児童文学を書いてきましたが、ケストナーを何度となく読んできながら、時代と子どもたちを感じることができました。ありがとうございました。ケストナーの文学の深さをもう一度読みたいですね。地元の九条の会で活動しています。直接テーマではなくこうした講演で訴える力があることを実感しました。

★ 今日の話を聞くまでケストナーについては知りませんでした。ケストナーが育った独国の様子と母親が生きる姿勢から厳しい時代を生き抜いてきたこと、それが今の日本の状況と重なり合って「現代に生きるケストナー」の演題とぴったりでした。また、ケストナーの作品を通して子どもたちに対する姿勢とナチス独国に対する批判精神を感性豊かに述べられて、これについても同感することがありました。

作品で抵抗する作家精神は素晴らしい 

★ワイマール憲法を破壊して出現したナチス第三帝国と日本の平和憲法を破壊しようとする極右政権がもろにシンクロナイズする時代に適切な内容でした。ナチス的な精神、個人感情(人情)の抑圧、人権の破壊といったものに作品で抵抗する作家魂は素晴らしい。

★ 日本語教師を先月までやっていました。その中でヴェトナムの留学生がよく悩みを言いにきました。その時は留学生も私も忙しく、なかなか対応できませんでしたが、これからは(来年の1月から船橋の日本語学校に転勤)“飛ぶ教室”のように生徒の悩みを最後まで聞ける教師になりたいと痛切に思いました。松戸の面川さんが主人公の映画ができました。ぜひ、上映とトークをやってほしいと思う。

作家も作品も知らなかったが、学ぶ機会を得て感謝 ★ ケストナーさんを知らなかった。作品も当然読んだことなし。これから学習することにします。学ぶ機会の提供ありがとうございました。

★ ケストナーという名前を知らなかったが、面白く聴かせてもらった。会には日本の政治体制をよくするための行動をこれからもやっていただきたい(中大Ⅱ部国際経済学科45年入学)。

 

二次会後

★ (忘年会のみ参加で)ケストナーの講演会を聞きたかったです。忘年会の始めのあいさつで井筒さんが加藤豊さんから依頼を受けた時の話をしていましたが……。「何故、大学に文学部があるのか? 文学作品や文学を学び研究することが社会変革に役立つのか? どのように役立っているのか?」。法政文学部に在籍当時から現在まで、そしてこれからも……私の永遠のテーマです。法政時代に「新英米文学研究会」という研究会で「文学作品に対する見方・考え方」をほんの少しだけ学ぶことが出来ました。最近、社会保障にかかわり学ぶ中で、あのディケンズの偉大さを知りました。

 

 

新たな基地NO! 札束攻勢はねのけ大差で
名護市長選挙勝利

「名護市民の「成熟度」が問われます。日本から米軍基地をなくしていく大きな一歩となり、安保条約廃棄への大きな一歩ともなるだろうと、私は思っています。政府も総力をあげて襲いかかっているのが現状です。11日が勝敗を決める。名護市の選挙に参加しよう。平和な世界をつくる行動なのだ! 楽しいぞ、おもしろいぞ!」(中島暁の沖縄レポート6、112日付から)

「稲嶺進さんの“人間力”の勝利でもある」(中島暁氏レポート)

12月から現地に入り、通信を送ってくれていた中島氏からの最後の報告です。<お疲れさまでした。>

 「投票日前日の名護市内の居酒屋は大盛況。異様な雰囲気だった。相手陣営は封筒を持って個別訪問。その反映か。しかしススム氏は勝った。彼は、選挙中も市長になる前からの日課である朝マラソンだけでなく、子どもたちの通学路で交通安全の“旗持ち”も続けた。勝利は、根本的にはそのような人柄と秘めたるエネルギーのたまものだ、人間力の勝利だと私は思っている。大きなお土産を持って帰れることが、嬉しい!」

(報告=名護市長選には会から「統一連」に3万円のカンパを送りました。)

辺野古の海岸のテントが海を見つめ、基地を監視する。

 

名護市辺野古の海岸の横にあるキャンプハンセン。柵には抗議の旗などがたくさん。

 

 

会員の活動紹介

面川隆氏(Ⅱ文・教育1971年)を取り上げた映画

「さようなら、ぼくの先生」

第39回NHK日本賞ノミネート作品(43分、カラー)

副題は「最後の90日」。定年退職直前の様子をカメラが追ったドキュメント。

「いつも本気で、一生懸命で、真剣に生徒(子ども)たちと向き合ってきた“ぼくの先生”がもうすぐ定年退職する。先生は最後の授業で子どもたちに何を教えるのか。地元松戸(千葉県)の小学校を舞台にした、涙あり笑いありのハートフル・ドキュメンタリー」(紹介チラシから)

近日中に上映会を予定。私たちの会でも観る機会が実現できたらと思います

 

 

予告「長時間討議」

 議題:「安倍政権の改憲に反対して 私たちはどう闘うか」

日時:3月8日(土)13:00~17:00

会場:「飯田橋ルノアール」(会議室)

 ……………………………………

 3回目の企画です。異業種交流会的な、全国的にも珍しいと言われる大学OB九条の会の私たちの会のこれからの活動やあり方などについて、自由闊達な意見交換の場です。情勢をにらみながら、講師を招いての勉強などもセットで考えます。

 次回世話人会(227日夜)で内容を具体的に検討します。

 今から予定表に入れておいて下さい。ぜひとも参加を。

 

 

10・13 原発ゼロ統一行動に参加

福島を忘れるな! 再稼働を許すな!

1013 原発ゼロ統一行動に参加

     行動参加後は“懇親会”

 「首都圏反原発連合」主催、「さようなら原発1000万人アクション」「原発をなくす全国連絡会」の3団体共催の「10.13 NO NUKES DAY 原発ゼロ☆統一行動」に参加しました。

日比谷公会堂~巨大デモまでが参加者19000人、国会前大集会までで延べで40000人の参加者が、脱原発・反原発の意志を可視化するべく声をあげました。皆、元気でした。

我がOBメンバーは、日比谷公園から東京電力本社前を経由するデモに2本の目立つ幟り旗を掲げて参加した後、虎ノ門近くのお店で慰労と懇親会。世話人のNさん、Iさん(共にⅡ社)は、国会前のファミリーゾーンへ。

3者共同の行動としては、前回の「 6.2  NO NUKES  DAY」に続くものです。市民や団体が一丸となって反原発脱原発を意思表示する、という試みは、とても重要です。

現在、稼働中の原発はゼロですが、これから各地で原発再稼働のせめぎあいが激しさを増します。原発ゼロへの道筋をつくるため、私たちにできる行動などを進めましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 Nさん、Iさんが参加した「ファミリーゾーン」では、劇団前進座の紫野明日香さんが司会中。柴野さんはツイッタ―でも情報発信中で、この日は『子どもの笑顔が大好きです。お年寄りの笑顔も大好きです。TPP、憲法改悪、秘密保護法NO!戦争に繋がる事は全てNO! 『パパママぼくの脱原発ウォーク』金曜日の夜は国会前ファミリーエリアにいます。子どもたちを守るため繋がっていこう」と訴えました。

勉強会“韓国民主化運動から学ぶ”を開催

講師に文京洙・立命館大学教授71年Ⅱ部英文科)

「グローバル化の下での韓国政治と市民社会の課題」

 8月31日(土)午後、東京・新宿区内の喫茶店会議室で1971年Ⅱ部英文科入学の文京洙(むん・ぎょんす)立命館大学教授を講師に、韓国民主化運動の勉強会を開催しました。参加者は満席の37人。

 

 

勉強会“韓国民主化運動から学ぶ”

  • 韓国民主化運動の流れを、経済と社会の動きの中で解説

 在学中は「朝鮮問題研究会」でも活動していた文氏は、レジメと共に韓国の産業別賃金水準や大統領選候補者得票数・率、世代間投票率、支持候補比率などのデータも示しながら、韓国民主化運動の足取りを紹介しました。韓国経済成長の流れを見ながらの解説はわかりやすく、また、市民運動の抱えている課題についても率直に語っていただきました。

 

  • 80年代の「光州事件」、民主化運動の大きな転換点

 文氏は、戦後に軍事政権が続いてきた韓国の民主化運動の本格的枠組みができたのが1980年代後半で、80年5月の軍隊の武力鎮圧で多数の犠牲者を出した「光州事件」が大きな転換点になったと強調しました。

 国家・市場・市民社会がそれぞれ独自の原理で存立する近代社会の形ができた時期を「87年体制」と規定されているそうで、市民社会の分野では、光州事件の衝撃を受けて学生中心に「運動圏」と呼ばれる急進的社会運動が、民族派と階級(闘争)派を内包しながら全盛となり、経済社会の面では景気上昇の波に乗って伝統的な農村社会から中産層中心の都市型社会へと社会基盤が変貌していったと、文氏は分析しました。

 

  • 90年代、様ざまな分野で市民運動が活発化

 90年代になると、金泳三政権の下に自由化圧力に直面する中で競争国家体制に移行し、学生運動が野党や一般市民の支持が得られずに孤立化する一方、環境・教育・福祉・女性など個別分野での新しい市民運動が活性化。権力と市場の監視、異議申し立てによる民主化が進みました。

注目すべきは市民立法で、「国民基礎生活保障法」が制定され、「小額株主運動」や、日本でも反響を呼んだ「落薦・落選運動」が展開されるなど、市民運動が活発に展開されました。

 

  • 進歩的政権の誕生により、市民運動が危機に

 金大中(1998~2002年)、盧泰愚(2003~2007年)の進歩派政権の登場と共に市民運動が危機を迎え衰退した原因を、文氏は「たたかう相手がいなくなった」と表現しました。社会の土台部分では、中産層中心の安定した社会(家族・コミュニティ)が崩壊したこと、大卒の就職難や1人家族・2人家族の急増が指摘されました。

 市民運動も抵抗型運動から変化し、自治体改革や草の根運動が重視され、村おこし・まちづくりの地域民主主義が重視されるようになりました。

 典型のひとつとして、ソウル麻浦(マポ)区の「参加」「協働」「疎通」「自発性」をふまえた既存の概念を超えた(オルタナティブな)まちづくりを、文氏は紹介しました。

 この試みも国家情報院の圧力で挫折し、グローバル金融資本のエージェント、権威主義的な政治手法を復活させる李明博政権の登場に対して、再び異議申し立て型運動が沸き起こり、「蝋燭デモ」(2008年、米国産牛肉輸入再開反対に端を発した約100日間の夕刻のデモ)が展開されました。

 

  • 進歩勢力の再結集には、世代対立を超えた新しい価値観が必要

 保守政権である李明博政権内政と南北統一政策の失敗や親族の不正を受けた今年の韓国大統領選挙でしたが、進歩勢力の敗因として文氏は、「候補単一化神話」があったことと、韓国の団塊世代である40代と50代以上との世代間対立を挙げました。かつての民主化を担った50代の63%が右派の朴槿恵(パク・クンヘ)を支持しており、進歩派の分裂があったと指摘しました。

 進歩派の課題について文氏は、民主化勢力の再結集には排除の政治への抵抗へ、新しい価値観、検討課題や行動計画(アジェンダ)の提起が重要であると強調し、講義を終えました。

 

 

質疑から

 大統領選にアメリカが介入? Q=M氏(日朝協会)/2002年、盧武鉉大統領当選の前日、アメリカが介入したのではないかと思われるが、どう見ていますか。

A=文京洙教授

 統一神話はこの時生まれた。支持率第二位の盧武鉉候補と第三位の「国民統合21」が盧武鉉候補に一本化したが投票日直前、「国民統合21」が指示を撤回し、投票日当日出口調査報道に危機を抱いた盧武鉉陣営はメールで「盧武鉉に入れよう」と呼び掛けて僅差で勝利した。

 2012年の大統領選挙でも文在寅候補と安哲秀候補が文在寅で一本化した。しかし、投票日当日の出口調査で文在寅候補が朴槿恵候補に勝っているとの報道に反発した人が投票に行き、朴槿恵候補が当選した。

 なお、盧武鉉大統領は、ぎくしゃくはしたが親米派でもあった。新自由主義政策を推進もした。

 

済州島の基地や原発問題は? Q=T氏(65年入学)/四・三慰霊祭で団長として歌ってきました。 済州島江汀(カンジョン)村での海軍基地建設をどう考えていますか。原発はどうなっているのでしょうか。

A=文京洙教授

  四・三事件は島の共同体を外から潰していく事件だった。基地建設では村長が買収されたりするなどコミュニティを内部から崩壊させている。基地問題は難しい。「平和の島」を宣言した済州島だが、四・三事件が屈折した形で表れている。

 原発は全土で23基ある。朝鮮戦争後、アメリカの後押しで建設が進んだ。韓国は今でも停電が起きるほど電力不足が続いている。一方、原発が原因か、甲状腺がん患者が多く反対運動が起きている。今、核廃棄物処理場(核再利用支援)でせめぎ合っている。去年から今年にかけて、日本の活動家が交流で訪れている。

 

労働運動の現状は? Q=M氏/秋田博司さんと一緒に来た。労働運動の現状と今後をお聞きしたい。

A=文京洙教授

 労働組合の組織率は10%ぐらいと落ちている。若者が加入せず衰退してきている。非正規労働者が六割近くと問題となっているがなかなか対処できていない。産別労組の運動の方が盛り上がっており、社会的アピール力を強めようとしている。民主労働党の分裂原因は北朝鮮の核実験をめぐり、北朝鮮に近く賛成する「民族派」と反対する「階級派」に意見が分かれたことにある。

 

祖国への思いは? Q=K氏(69年入学Ⅱ社)/李恢成(りかいせい)の『見果てぬ夢』を読み、息詰まる韓国社会を知ったが、文京洙教授は祖国へどんな思いを持ってらっしゃったのでしょうか。

A=文京洙教授

 青年時代は民族とか祖国という感覚が強かった。私の両親は済州島出身者で済州島出身者が多い東京・三河島で育った。朝鮮人ばかりの中で日本人を知らずに育ち、小中高と朝鮮学校で学んだ。自分は在日のイメージと違い肩肘張ることはなく育った。大学に入学して民族に目覚めたといえます。朝文研に属して韓国の民主化を考えていた。弾圧されている韓国の学生に自責感があった。

 自宅では日本語を話していた。両親はたまに朝鮮語を使っていた。父はビニールの袋作りやパチンコの景品買いなどで生計を立てていた。94年に立命館に単身で赴任した。2008年に初めて在日が韓国の選挙権をもった(国政選挙だけ)。日韓の友好が高まり、日本が加害者意識を共有されたのは95年の村山談話が頂点だった。底辺では変わっていないが今は在特会等の活動に見られるように最悪の時だ。歴史認識だけでなくグローバル化という課題の共有化が必要ではないだろうか。

 朝文研は多くの大学では朝鮮人だけの研究会だったが、法政Ⅱ部だけは日本人も加わり、湯川教授が顧問だった。あまり肩肘張らずにやれ、社会的に目覚めることになる。大学院で韓国の政治を学ぶ時、法政の四年間が生きた。

 

韓国の投票日は休日になり投票率は? Q=U氏(67年入学Ⅱ社)/韓国では投票日当日が休日になると聞いていますが、投票率につながっていますか。日本の運動についてどう見ていますか。

A=文京洙教授

 投票率はだんだん下がっているが、日本よりはましだ。19歳から選挙権があるものの若者の投票率が低い。三八六世代の50代が盧武鉉をどう見るかで分裂しているが、克服してもう一度結束して欲しい。

 反原発運動など街頭に出ることが意思表示として大事だと思う。投票と投票の間でどういう意思表示をするかが大事だということ。

 「ろうそくデモ」には、今では反発もある。日本でも在特会(在日特権を許さない市民の会)が発足時500人だったのが1万人を超えて、卑劣なデモをしている。子育てしている女性から 「怖い」 との声が上がっている。

 ジェンダー問題で女性車両を作れという声があがると、「男性車両」を作れという反発も起きている。

 

韓国の非正規労働者は? Q=H氏(70年入学Ⅱ経)/派遣労働者の問題をどう見ていますか。私はホットスポットに住んでいいて、とても不安、その意識で韓国の方と仲良くなれるかな。

A=文京洙教授

 非正規率は30%から40%ではないか。日本も韓国も就職・結婚・子育てという人生が特権階級のものになろうとしている。大学進学率が80%を超えているが正規職に就職できないのが現実となっている。

カラスも飛ばない町 =フクシマ避難「解除」地域=

       72年社会学部 井上澄枝

8月25・26日地元練馬区の後援会の「福島に連帯する旅」旅行会に参加しました。 総勢200人・バス5台。

1日目は鶴ヶ城見学と夜の交流会。板橋区の後援会も同じホテルになり総勢400人を超えています。会場は美味しい食事と各後援会の出し物に拍手喝采でしたが、一番は東京から駆けつけた吉良よし子さんの連帯の挨拶!選挙中東京の各地で勝手連が行った「きらきらコ-ル」が会場いっぱいに響き渡りました。

翌日は福島第一原発から30キロ圏内のいわき市広野町から、現地ガイドの半沢(元高校教師・いわき訴訟団原告)さん達が同乗して富岡駅までガイドをして下さいました。

「皆さんここは避難解除地域ですがカラスさえも生息しません。町人が2割ほどしか戻らず、カラスの餌が無いからです。ほんとに時間が止まった町です。事故後、一番最初に来たのは泥棒でした。それから野生動物が家に入りこみ、2年5ヶ月も放置された家々は外見はある程度保っていますが中はぐちゃぐちゃでそんな状況を見ると気持ちが萎えてしまうんです。」また避難してきた人達と住民の間に軋轢が生じています。第一原発からの距離で分断され、放射線量で分断され、賠償で分断され更に津波の被災と原発の被災との対応の違いから対立が持ち込まれていると話します。

車窓から見える黒い瓦礫の山・置き場と言っても元は田んぼです。除染した瓦礫が黒い容器に入れられ野積されています。除染の範囲は家の周り20mと田んぼ しかしその田んぼは作付されずに瓦礫置き場になっていて増え続けています。除染を盾にして賠償金の戦いが今後も続くのです。

バスは常磐線竜田駅から更に富岡駅へと進みます。草ぼうぼうの線路。持参の線量計は富岡駅の草むらで3・9マイクロシーベルト/時 あちこちからオオォォォ-・・・という声が上がります。駅舎は津波で跡形もなく、駅前商店はあの日のまま荒れ朽ちています。美容室の大きな時計が2時46分を指したままぶら下がり、駅に置きさりになった通勤用の自転車はそこに日常があったと教えてくれます。

家族が分断され働けず将来の見通しも持てず15万人もまだ避難している。この間の東電との折衝に先頭に立って命を張ってきた人達が今年の3月11日に国と東電に提訴。共産党元県議の伊東達也さんをはじめ822名が「元の生活をかえせ・いわき市民訴訟」として原発事故の完全賠償をさせるために立ち上がっています。福島第一原発は今も危険な状態でストロンチウムを含む汚染水が漏れている。福島だけの危機でなく日本と世界の危機!原発の輸出など正気の沙汰では有りません。

車内では、子どもの甲状腺がんの事、除染費用は20兆とも30兆とも莫大でとてつもない費用ですが、昨今はしきりに除染でなく別な道を模索したら・・・との声に被災者の立場に立つとどうなのか?今福島の原発のある市町村の財政は破産寸前です。交付金の恐ろしいのは別の産業を作らなくても依存し成り立ってきた事でした。第二の夕張市は目前です!・・・・との話がありました。

私達は歴史に学ぶことを!どんな選択にしても人の命が最優先でなければなりません。晴れた福島の空と海と緑がとっても綺麗でした。短時間の交流でしたが良い旅になったと思います。

4・14アーサー・ビナードさん講演会 204人参加

うなずき 笑いながら… 刺激を受けた2時間30分

4月14日午後、OB九条の会3周年記念、アーサー・ビナードさん講演会を開催しました。題して「最高の憲法と最低の政治の、不思議の国ニッポン」。参加者は20代から80代まで204人でした。

外国人から教えられた「豊かな表現力の日本語」
と、「ウソとペテンの言葉の本質を見抜く視点」

★ウソとペテンにだまされていませんか? 
 アーサーさんの話は痛快で面白く、アメリカ生まれ、イタリアで学び日本で生活している詩人としての感性と精神・論理構造に参加者は圧倒され続けでした。
 「彼は只者ではない」という参加者の感想の裏返しとして、日本にいる私たちの視点や感覚や行動が問われる刺激的な講演会になりました。
 「日本語は、表現できる可能性が素晴らしい言語」であることと、「20世紀最高の奇跡の日本国憲法」という言葉が何度も強調されました。日本語を母国語としているはずの参加者ですが、共感とショックの中で反省と奮起すべき気持ちを随所で噛みしめさせられました。
★「イタリアでは、読者が新聞にだまされることはない」のに、日本では…
 耳が痛いことが次々と語られました。イタリア語を学んだ時のことでは「イタリアの新聞で、読者がだまされることはない」「おかげで奥にある本質は何だろうと考えることができた」と、マスコミ報道に左右されがちな日本の民度をグサリと突かれました。
 23歳の時に来日し、イラクのクウェート侵攻、湾岸戦争となった時期で日本国憲法は知らなかったものの、アメリカでは憲法の論議はないのに日本では新聞に憲法の活字が出ていること、憲法が戦争や派兵の歯止めや制約になるということを知った時の新鮮な驚きが話されました。
 ★デモクラシー=民主主義は誤訳。正確な意味は「民主体制」
 アーサーさんから会場内に出されたクイズは「デモクラシーの意味は?」。いぶかしげに「民主主義でしょう」という声にすかさず「誤訳です」。「資本主義、社会主義、共産主義と同じように訳されて信じこまされていますが、主義は○○イズムといいます」「正解は民主体制です」と、思想的なことではなく現実の社会の姿のことであるとズバリ。
 ★イタリアの絵本から「戦争は勃発しないが、平和はすぐに実現できる」
 会場内が一段と大きく沸いたのは、イタリア児童文学のジャンニ・ロダーニの絵本『キンコンカン戦争』(講談社。アーサー・ビナード訳)の紹介で飛び出した日本語辞書にある「勃発」と「勃起」の単語。後者は日本語を学びはじめた時の余談ですが、戦争は事業であり、儲ける人がおり、武器を作っておかないと始められないから、いきなり「勃発」はしないこと。しかし「平和は元手がいらない。争いを“やめい!”と言えばすぐに実現する」。ここでも場内は大きくうなずきました。
★平和の反対語は戦争ではなく「ペテン」
 そしてまたクイズ。「平和の反対語は?」。答えがすぐに出ず沈黙の参加者に「戦争ではなく、ペテン」と、また場内は、してやられてしまいました。
 「近代以降の戦争の本質は(政権側の)PRであり、サギだ」という解説に続く、「ペテン、サギの視点で見なければ、世界はわからない」「戦争を止めよう、平和運動をやろうとしたら、ペテンを見抜くことからやらないと負けます」という指摘に耳が痛くなった参加者は少なくなかったようで、共感の拍手が大きく響きました。
 ★「奇跡の日本国憲法」を活用しよう、のアピールに大きな拍手
 「戦争のPRに負けないためには、言葉の可能性を広げることが詩人の役割」と噛みしめるように語り、参加者には「戦争のPRに負けないための道具はある」として、「表現できる素晴らしい言語である日本語」と「20世紀最高の奇跡の日本国憲法」の活用を語りかけると、また大きな拍手が巻き起こりました。
★TPPで日本語が絶滅危惧種になる   ことも解き明かされた
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)についても明快で、「自由貿易の名で日本の乗っ取り」「日本語の『自治』が死語となり、次に日本語が絶滅危惧種、関税障壁になっていきます」と警鐘を鳴らしました。
 ここでもクイズ。「トロイの木馬は何でできているでしょうか?」。「木製…」の声にすかさず「木は外側の部材で、腹の中は殺し屋。それが中身、本質です」と、TPPも本質をえぐって正しく理解することを強調しました。
ビナードさんは質問にも丁寧に答え、休憩をはさんでの2時間半でも足りない密度濃い講演会でした。
 
会場アンケート、感想文から

 *「ペテンタゴン」という言い回しが良かった/以前、朝日ニュースターの番組「ニュースにだまされるな」でゲスト出演していた時に拝見して、一度講演で話を聞いてみたいと思っていましたが、イメージ通り面白いおしゃべりで引き込まれてしまい、とても楽しかったです。中でも「ペテンタゴン」という言い回しがとても面白かったです。
*井上ひさし氏のフレーズを思い出した/ビナードさん講演会200名突破、大成功でしたね。これくらいの人が集まると元気が出ます。時間がたつのがあっという間で、井上ひさしの「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはあくまでもゆかいに」というフレーズを思い起こさせます。
ビナードさんの話を何回か聞いたというイトコも今回の話が一番良かったと言っていました。
著書本の販売もおかげさまで好調で、98冊販売することができました。送料を差し引くといささかの利益で、山分けには程遠い金額ですので、そのぶん会報の制作・印刷などでお手伝いさせていただければと考えております。ありがとうございました。(T.M)

 *「脱だまされない」を決意/とてもわかりやすく、かつ姿勢を正される内容でした。だまされないためには学ばねばいけない。学びの場、知る場は自分で見つけなければいけない。最近、インターネットおたく気味になっている自分ですが、これも必要とOKされた気持ちになりました。

 *日本人より日本人らしいと感動した/地域の人にも呼びかけ10人が来てくれた。甲骨文字の望月先生が「初めてしっかり聞いて、日本人より日本人らしい」と喜んでくれてうれしかった。

 *感動し、危機を痛感。できることをやります/このままたたかわなければ日本語が滅びるなんて考えもしませんでした。日本国憲法が奇跡の中でできたということも感動しました。何もしなかったら9条そのものが危ないとひしひしと感じます。私にできるささやかな活動をしていこうと思います。

*福島から避難。アーサーさんの国の原発政策批判に感謝/私は福島から子どもをこの2年間、4回避難させ、いま東京で一緒に住んでいます。アーサーさんが福島原発の件について、国が(県民、国民を)捨てていると言われたことは、私も納得しています。これを声を大にして話して下さっていること、感謝します。

*彼のように屈しない姿勢で生きようと思う/原発に反対です。TTPにも反対です。原発に至ってはチェルノブイリ事故が起きた時から反対しています。正確には事故が起こる前から反対していたと思います。原爆投下以降は日本人なら核の怖さは何かしら知らされています。チェルノブイリ事故数日後TVで放射能を含んだ雨が日本にも降るとニュースで言っていました。当時中学1年生だった私は部活動で毎日5キロのランニングが課せられていました。多少の雨ならばランニングが中止になることはないので、台風のような激しい雨なら走らずにすむのにと考えていました。ですが、その日は小雨で部活の仲間も皆走りたくないと言っていましたが先輩も走るし仕方ないと何も言わず走ったのを憶えています。
 私は今の都会の生活でも、できる限り地球に負担をかけないよう、一般に言われている“エコ”の努力はしています。しかし、自分の周りにはそうじゃない人たちもいます。
 ビナードさんの講演を聴いて中学生の時、何も言えず五キロ走った自分と今も何も言わない自分…26年間も変わらず何してるんだろうと思いました。アリメカ人であるビナートさんは日本語を愛し日本を愛し将来は広島に骨を埋めるだろうと言っていました。人類歴史上類をみない放射能汚染された日本に外国人である彼が日本の存続を危惧し戦っている姿を目の当たりにして、彼と彼を魅了した日本を築き上げてきた日本の先人方に感謝の気持ちと自分の不甲斐なさでいっぱいになりました。 (4面に続く)
 人間の経済活動が地球の破滅へ追いやっているのに、見過ごしているのはどうしてなのだろうと、一握りの人間たちの利益の追及のために地球上全てのものが犠牲になる、その一握りの人たちは自分たちの子供たちのことは考えてないのでしょうか? ゲームを楽しんでいるだけとしか思えません。
 彼らの巧みな情報操作に騙されず目を養い、ビナートさんを見習うのは大変かと思いましたが、彼のように屈しない姿勢で生きようと思いました。

(壇上の看板は、のぼり旗の文字もお願いした書家、望月翠山氏の直筆。望月さんには招待席で参加していただきました。)

◆共催「松田さんを支える会」松田恒彦さんからメッセージ
 「テレビで国民の50数%が改憲に賛成、反対は40数%と言っていました。最低の政治屋より、おろかな国民を見せられた感がして絶望感めいた気がしないでもなかった。でも今日のような草の根の運動の広がりは希望です。
私は43年前の1970年1月21日に『法大全共闘』を名乗る暴力学生たちによって生涯に残る後遺症を負わされました。相手の存在を認めない問答無用とも言うべき最大の暴力である戦争を許さないためにも日本国憲法第九条の改悪を阻止しなければと思っています。大学OBの九条の会が今日のようなビナードさんの講演会を開催することを嬉しく思っています。会の盛会を確信し、高知の地から挨拶を送ります。

*九条の会・紹介***・・・・・法政大学Ⅱ部OB九条の会

 九条の会東京連絡会の隔月刊の冊子「生きいき憲法」10月号に掲載されたものです。
 私たちは暴力反対、日本国憲法9条の精神を世界に広げるために「九条の会」を結成したのです。

「いま官邸前。少し涼しくなりました。来られた方は声をかけて下さい」--金曜の夕方、携帯にメールが届きます。
 各々ができることをやり、仲間を誘う、そのような実践スタイルをモットーとしています。

●学生時代の繋がりで
 職場でもなく、地域でもない学生時代のつながりを活かしてゆるやかな「九条の会」、それが私たちの「法政大学Ⅱ部九条の会(OB)」です。
「数ある九条の会の一つとして暴力で物事を解決させないために、そして日本国憲法第九条の精神を世界に広げるために」(結成趣旨から)。
 “団塊世代”が中心ですが、上は70歳前後から50代まで、少しずつ増え、結成2年余で3ケタになっています。

●「反戦平和、暴力反対」!
 私たちが学生だった1960年代から70年代は、東大闘争だけでなく私学でも学園民主化の運動が広がっていました。クラスやゼミ、サークル等から教育制度改悪反対、反戦平和を求めてベトナム反戦運動や安保条約に反対する行動に、学生自治会の呼びかけで行動していました。
 一方、暴力で主張を通そうとする「全共闘」が新左翼と呼ばれる暴力集団と一体になって、学生を襲うということも日常化していました(筆者もクラス討論で暴力反対を口にしたことから集団のテロにあっています)。
 重体になり死線をさまよう大怪我をした学友を、それ以来支える活動を続けていますが、その40年の集いの2010年4月、百人を超す参加者の賛同で、この会が発足しました。

●団塊世代よ、死ぬ前に闘え
 メンバーの多くが“あうん”の呼吸で胸に納めている言葉が大原社会問題研究所・元所長の五十嵐仁氏のブログ『転成仁語』に載った言葉「団塊世代よ、死ぬ前に闘え」です。
 既に職場や地域などで九条の会などの活動をしているメンバーが多い一方で、運動に参加する機会を持たない者も結構いることも現実です。そういうことから、「屋上屋を架す」ことのない活動のあり方を常に考えながら、歩みを進めています。

●救援要請で被災地支援も
 東日本大震災では、郷里に戻った学友の一人、岩手県の医療関係の労働組合役員からの救援要請に敏感に反応し、早速カンパでガスタービン式の発電機を送りました。
 支援物資を職場で集め、トラックを徹夜で運転して現地に運ぶ者を筆頭に、カンパでワゴン車数台に物資と人員を積み込んで5月、8月、12月と岩手の大船渡市と陸前高田市に派遣し、現在も自分の地域で必要な物資を集めて送り続ける者ありです。
 職業も様々で各分野の専門家も揃っているため、ネットワークを駆使し、その気になれば何でもできそうです。心意気とやる気は、年齢と体力のハンディに負けないようです。

●原発も命の観点から「×」
 原発に対しても、50基以上の存在になるまで放置してきた反省が言葉として出てきます。
「原発いらない、命が大事。子どもを守れ」に賛同です。
 平和のうちに生きる権利とは生命第一の思想ですから、九条そのものでしょう。
 集会・デモには子どもや孫と一緒に参加するメンバーも。
 大学で学んだことを現実に活かしていくことを、改めて心に刻み、楽しく交流していきたいと考えているところです。

写真=大学がある懐かしいJR飯田橋駅頭で宣伝と署名活動も

(文責・山田幹夫)

8/10首相官邸・国会前抗議行動、参加しました

安藤です。8/10首相官邸・国会前抗議行動、参加しました。

霞ヶ関駅4番出口はエスカレーターが無く、しんどいので永田町駅から行って見ました。地上に出てみれば早速警官のお出迎え、国会の向かい側、議員会館前の通りですが、官邸までは行けない、との説明、途中で国会側に渡れる、とのことでしたが、やはりというか止められてしまい、引き返せということになりましたが、私同様の説明を受けてきた方が4人ほどいたので、押し問答の結果、機動隊小隊長ドノの先導で集合場所まで「案内」していただきました。空いていたこともありましたからでしょうか。

規制は厳しくなっていることは感じていますが、警官の言葉遣いなどは昔と違って丁寧であり、警備の警官には個人的にはどう思っているのか聞いてみたい気もしました。まぁ答えないでしょうが。

霞ヶ関駅4番と3番出口の間に陣取り、国会記者会館の外壁に寄りかかれたのでポジションとしては楽でした。すぐ側で車椅子のオバサンが「明日は無い、明日は無い、原発に明日は無い」と替え歌で歌っているのに合わせてタンバリンを叩いていました。この方は他にも作っていて、周辺の皆さんと一緒に合唱しました。

そこで皆さんにお願いです。どなたか、誰でも知っているメロディで歌詞を作っていただけませんか。シュプレヒコールもありですが、カラオケ大会も有効だと思います。歌詞カードなど作っていただけるとありがたいです。

今週から来週は夏休みということで帰省や旅行の方もおられると思います。その方たちは十分鋭気を養ってください。

在京の方は、ぜひとも17日にお出でください。ちょっと人数が落ちたのが気にかかります。暑い日が続きますが、夕方は都心の方が涼しいです。皇居という大緑地を抱えているせいでしょうか。コンクリートマンションの林立している我が高島平より涼しかったです。シツコク抗議行動を!

官邸前で ふる里 を歌って 胸にぐっときました


法政の皆様
昨夜 抗議行動に出かけファミリコーナーに行きました。
丸ノ内線の霞ヶ関で下車しましたが、思いのほか楽に動けるということは参加の人達も ちょいと 夏休みかな・・・・
ファミリコーナーでは、水の提供、具合の悪い人はいませんか?と何ども知らせます。
非暴力をしめす白い風船があちこちに目立ちます。
7時になると「ふる里」の合唱。歌手の方?(名前聞こえず)とトランペットがリードしての合唱。夕闇に響く歌声は、ぐっとくるものがありました。コーラスに参加している私 アルトパートで目立ってみました。
夕闇に浮かび上がる国会議事堂。原発いらない・野田も・枝野も 細野も 千石もいらない。こどもを守れ。大人の責任!国の責任だと。
ファミリブースは鳴り物がなく静かですが、怒りを込めたシュプレヒコールが響きます。
誰でも参加できる、ただ居るだけでも意思表示になるのです。皆さん、諦めず続けましょう。

井上澄枝